ある日、入居者から電話がかかってきた。

「階段に血だまりがあるから、水を流してもいい?」

そういう電話だった。

私は自主管理で大家をやっている。建物に何かあれば、管理会社を通さず、入居者からまず私に連絡が来る。だから、こういう電話も直接かかってくる。このときは、もう何も言わずに「お願いします」とだけ伝えた。

電話をくれたのは、もう10年以上住んでくれている人だ。

頼んだことは一度もない。それなのに、建物の周りの草をむしってくれる。箒で掃いてくれる。新しい入居者が入ってくれば、ゴミの捨て方を教えてくれる。自転車が曲がって停まっていれば、直してくれる。

自分の住んでいる建物を、自分の場所として扱ってくれている。

こういう入居者は、本当にありがたい。大家をやっていると、来る連絡はトラブルのことばかりだ。その中で、こうして気にかけてくれる人がいる。ありがたいと、素直に思う。

ここで、昔の話をする。

私の物件に、家賃を下げる代わりに掃除をしてもらう、という入居者がいた。もともと家賃6万円の部屋を、4万5000円で借りてもらっていた。差額の1万5000円分、共用部の掃除などをやってもらう。そういう取り決めだった。

私は最初、そういうやり方もあるのだと思っていた。入居者は安く住めて、こちらは建物がきれいになる。お互いに得をしているように見えた。前まではほんとに、結構何でもやってあげていた。

その人が、高齢になった。今は90を超えている。

掃除は、もうできない。体がついていかない。

では、家賃を元に戻すか。4万5000円を、6万円に戻すか。

戻せない。

90を超えて、もう何もできない人に、「家賃を1万5000円上げます」とは言えない。掃除をしてもらう約束で下げた家賃だが、その約束が果たせなくなっても、家賃はもう動かせない。

家賃が安いまま、その人は住み続けている。

家賃を下げて縛ると戻せなくなる流れ図。6万円から掃除の代わりに4万5000円に下げ、入居者が90歳を超えて掃除できなくなり、家賃を戻せない

ここで私は学んだ。

お願い事で家賃を下げるのは、良くない。

掃除をしてくれるから、その代わりに家賃を下げる。一見、悪くない取引に見える。でも、その人は歳をとった。できていたことが、できなくなった。そうなっても、下げた家賃は戻せない。

それはそれ、これはこれ。家賃と、やってもらうことは、分けて考えなければいけない。

やってもらうことがあるなら、あくまでもそれは別の契約でやらないといけない。掃除をお願いするなら、その対価をきちんと払う。家賃とは切り離す。家賃と、感謝は、別の話だ。

もう一つ、変わったことがある。

家族ができて、私のスタンスは変わってしまった。

昔は、深夜だろうと何だろうと、自分で対応していた。電話が鳴れば、すぐに向かう。私自身が対応しなければいけない。そう思っていた。

でも、それをやると、家族に向ける時間がなくなる。

コロナが流行ったときも、考えさせられた。外に出ることすら難しい時期があった。そんなときでも、家にいながら対応できる形にしておかなければいけない。

昔は「常にすぐ、私が向かう」だった。それを「誰かが対応できればいい」に変えた。

家族が入院して、付き添わなければいけない。そんなときでも、電話があれば私が行かなければ、となっていた。そこを「私でなくてもいい」に変えるだけで、だいぶゆとりができた気がする。

そのうえで、話しかけてもらったら気にかける。向こうから来てくれたことには応える。それくらいの距離が、今の私には合っている。

やってくれる入居者は、ありがたい。

その好意は、ありがたく受け取ればいい。草むしりも、掃除も、ゴミの捨て方を教えてくれることも、ありがたく受ければいい。

でも、その好意に家賃で値段をつけてはいけない。家賃を下げて縛ってはいけない。

自然にやってくれる好意と、家賃で縛って引き出す好意は、違う。家賃と感謝は、別の軸で考える。

私は、そう思っている。

ABOUT ME
大家のタロウ
はじめまして、大家のタロウです。 相続でひょんなことから大家になって、もう10年が経ちました。最初は右も左もわからないまま、ずっと手探りでやってきました。 失敗も、焦りも、「え、こんなことが起きるの?」って出来事も、たくさん経験してきたので、せっかくだから記録しておこうと思ってこのブログを始めました。 難しいことは書けませんが、同じように悩んでいる大家さんの「あるある」や「参考」になれたら嬉しいです。よろしくお願いします。