トイレの蓋の上に、こんもりと。「断れない大家」の代償

トイレのドアを開けた瞬間、まず匂いが来た。
次に目に入ったのは、便器の蓋の上に、こんもりと盛られたうんこだった。蓋の中じゃない。蓋を開けずに、その上にしてある。お腹の調子が悪かったのか、柔らかそうなやつだ。
思わず「うわーっ」と声が出た。
第1回の「うんこまみれ事件」に続く、まさかのうんこ第2弾。今度の舞台はテナントビルの共用トイレだ。
「あれはひどい。何とかしてくれ」
話は少し前に戻る。入居者から電話が来た。
「あれはひどい。何とかしてくれ。トイレがとにかくひどいんだ」
それだけ言われた。何がひどいのかわからない。詰まったのかな、と思いながら向かった。そして冒頭の光景に出会った。
誰が片付けるか。大家だ。自分だ。
おえおえ言いながら掃除した。匂いがすごい。息を止めても追いつかない。「誰のだよ!!」と心の中で叫びながら、ひたすら拭いた。
大家業10年、いろんなことをやってきた。でもこれは、どのマニュアルにも載っていない。
心当たりはあった
犯人は今でもわからない。ただ、心当たりはあった。
当時、1階に日雇いの人を集める業種のテナントが入っていた。そのテナントには専用トイレがある。にもかかわらず、なぜか2階の共用トイレを使わせていたようだ。
しかもこの1階のテナント、共用部分の共益費を払っていなかった。専用トイレがあるから共用トイレは使わないはず、そういう前提で、共益費の対象外になっていたのだ。
使わないはずのトイレを使い、費用も払わず、蓋の上にうんこを残していく。
実は私は、最初からこのテナントに反対していた
この1階のテナントは、祖母の昔からの知り合いだった。
入居の話が出たとき、私はずっと反対していた。「怪しいとわかっている人を、わざわざ入れる必要はない」と。断り方だってシンプルでいい。「その業種だとうちはやめとくよ」。それだけで済む。
でも、祖母は入れてしまった。
「昔からの付き合いだから断れない」。そして「空いてるなら入れた方がいい」。
本当は怖かったんだと思う。昔からやんちゃしていた人だったらしい。空いてるのに断ったら、何を言われるかわからない。理由を並べたら、余計にこじれるかもしれない。だから受け入れた。
祖母の答え:「1階には言うな。鍵をかけろ」
うんこ事件が発生して、すぐに祖母と話した。
私は「1階のテナントに言うべきだ」と思っていた。でも祖母の答えはこうだった。
「1階には言わなくていい。2階に上がる扉の鍵をかければ解決する」
鍵をかけるだけ。直接は何も言わない。
すぐに反対した。トイレの存在を知っている人がいる状況は変わらない。鍵をかけただけで来なくなるのか。そして2階に上がる扉の中にはポストがある。鍵をかけたら、他のテナントの郵便物はどうする。問題がいくつもあった。
でも祖母は「とにかく鍵をかけよう」の一点張りだった。
昔からやんちゃしていた人に、直接言うのが怖い。だから物理的に防ぐしかない。それが祖母の精一杯だったのだと思う。
結局、私が伝えに行った
方針としては祖母の言う通り、2階への扉に鍵をかけることになった。
でも私は、1階のテナントにも自分で伝えに行った。共益費を払わずに共用トイレを使わせていたことも含めて、きちんと話をした。
1階の人は素直に受け入れてくれた。「わかった、伝えておく」と。特に怒ることもなかった。
拍子抜けした。祖母がこれほど怖がっていた相手が、あっさり「わかった」と言った。言ってみれば、それだけのことだった。
そのテナントの末路
話はここで終わらない。
この1階のテナント、店長が2回変わった。理由を聞いたら、逮捕されたらしい。詐欺で。
1回目で驚いた。2回目は「またか」と思った。
そして最終的に、オーナー自身が「逮捕されそうだから」という理由で急遽撤退した。
私が最初から「入れない方がいい」と言っていた通りの結末だった。共用トイレのうんこは、ほんの序章に過ぎなかったのだ。
「断る仕組み」を手に入れた
この件以来、テナントの入居審査には必ず保証会社を挟むようにした。
保証会社を通すメリットは、審査だけじゃない。「断る理由」が手に入ることだ。
「すみません、保証会社の審査が通りませんでした」
これだけで断れる。自分が悪者にならない。相手が大手でも、知り合いでも、昔からの付き合いでも。「保証会社がダメと言った」。それで終わる。
祖母の時代は、人間関係で入れて、人間関係で断れなかった。入れたくない相手を前にしても、「空いてるのに断ったら何を言われるか」と怯えるしかなかった。
私の代では、仕組みで防ぐ。怪しいと思ったら入れない。断るときは保証会社を盾にする。それだけで、蓋の上のうんこから自分を守れる。
10年やって出した、私の答えだ。
モンスターカード No.007「便座の主」
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 分類 | 入居者モンスター |
| 被害 | 共用トイレの蓋の上にうんこ/大家が自分で掃除 |
| 原因 | 問題のあるテナントを人間関係で断れず入居させた |
| 解決 | 2階への扉を施錠/最終的にテナント自主撤退(オーナー逮捕未遂) |
| 教訓 | 怪しい相手は入れない/保証会社で「断る仕組み」を作る |
便器の蓋の上にうんこ。文字にすると笑えるかもしれない。でも現場でおえおえ言いながら掃除している大家にとっては、笑い事じゃない。
そしてこの事件の本当の教訓は、うんこそのものではなく「断れなかったこと」にある。人間関係で入れて、人間関係で言えなくて、結局は自分が蓋の上のうんこを掃除する羽目になる。
断る仕組みがあれば、蓋の上のうんこは防げた。
※ この記事は筆者の実体験をもとにしたものです。特定を避けるため、一部の情報を変更しています。状況によって対応は異なります。テナント管理に関するご判断は専門家にご相談ください。




