バランス釜は毎年壊れる。24万円は固定資産税だと思っている

建物が古い。お風呂はバランス釜だ。私が引き継いだときから、ずっとそうだった。
このバランス釜が、毎年どこかの部屋で必ず壊れる。一台あたり、二十四万円。これを「修繕費」と呼ぶのを、私はもうやめた。
バランス釜は、毎年どこかで壊れる
築古のアパートを引き継いでから十年、バランス釜の故障とずっと付き合っている。一つの部屋ばかりが頻繁に壊れるわけではない。建物のあちこちで、それぞれが、それぞれの寿命を迎える。
ある年は一階の角部屋。次の年は二階の真ん中。その次は別の建物。毎年、必ずどこかで「お湯が出ない」と連絡が来る。一年に一台か二台、これが続いている。
連絡をもらうたびに「またか」と思う。驚かない。毎年の年中行事になっている。
「保証してほしい」と言われた日
去年あたりから、入居者の感覚が変わってきたことに気づいた。
いつものように「お風呂が使えない」と連絡が来た。私は「いつものことだな」と思って、すぐに業者を手配した。これも年中行事の流れだ。
そのあとに、入居者から続けてこう言われた。
「お風呂が使えなかった分、保証してほしい」
正直、はっとした。これまでは、修理が終われば話は終わっていた。それが当たり前のように回ってきた。
けれど、二〇二〇年の民法改正で、賃借物が一部使えなくなったときは、家賃を当然に減額できるという考え方が明文化された。私もそれは知っていた。「当然、保証する立場でやっている」というスタンスは、もとから持っていたつもりだった。
問題は、いくら保証すればいいのかが、自分の中にひとつも基準がなかったことだ。お風呂が使えない状態を、家賃のうちで何パーセント分として扱えばいいのか。これまで誰にも聞かれなかったから、調べてもこなかった。
1,400円では、足りない気がした
その場でネットを開いて、家賃の中で「お風呂が占める割合」を調べた。
業界の目安として、家賃の中の数パーセントというのが出てきた。それを当てはめて計算した。家賃四万円の部屋で、お風呂が使えなかったのが約二週間。出てきた数字は、千四百円前後だった。
計算上は、それで筋が通る。
ただ、私の感覚では、千四百円では足りない気がした。
二週間、お風呂に入れない。仕事から帰っても、家でお湯を浴びることができない。銭湯に行くにしても、毎日となれば数千円はかかる。それを千四百円で「はい、終わり」と言うのは、自分が入居者だったら納得できないだろう。
でも、相場の数字をひとまず提示するしかない。これは法律と現場の温度差だ。今でも答えは出ていない。次に同じ場面が来たら、もう少しちゃんと考えて出そうと思っている。
1台24万円。普通の給湯器に変えなかった理由
バランス釜の交換は、一台あたり二十四万円ほどになる。本体、設置工事、古い釜の処分。これくらいの金額が一回の出費になる。
「いっそ、普通の給湯器に交換すればいいじゃないか」と何度も考えた。実際、引き継いだ最初の頃、私はリフォーム会社やガス会社を何件も回った。
動機ははっきりしていた。私自身が初めてあの浴室を見たとき、「何だ、このお風呂」と思った。使いにくい。夏は激あつのお湯がザーザー出る。冬はぬるいお湯がチョロチョロしか出ない。これで入居者が満足できるはずがない。何とかしてあげたいと思った。
けれど、業者に話を聞くたびに、工事の規模が想像より大きくなっていった。配管の引き直し、壁の解体、給湯場所の確保。一部屋ごとにかなり大掛かりなリフォームになる。

そのとき、自分にひとつ問いを投げた。これは「投資」として見たときに、家賃や入居率で取り返せる金額なのか。
建物自体が古い。家賃を大幅に上げられる立地でもない。長く満室で回せたとしても、リフォーム代は取り返しきれないという結論になった。
同じ「投資として取り返せるか」を別の場面でも考えてきた。防水工事の見積もり、200万・330万・540万から選んだ話もそうだ。修繕の規模を変えながら、同じ問いを何度も自分に投げてきた。
だから、変えない。バランス釜のまま使う。壊れたら、その都度交換する。これが私の選んだ道だった。
「最後は建物もろともさよなら」と思っている
もう一つ、私の中で決めていることがある。
このアパートは、最後は建物もろともさよならする。建て替えるのか、解体して別の用途にするのかは、まだ決めていない。時期も決めていない。
すぐにそうするわけではない。今住んでいる人を追い出すつもりも、当然ない。自然に空室が出て、次の入居者を入れるかどうかをそのときに判断する。そういう流れの中で、いつか建物としての役目を終える日が来る、というだけの話だ。
築古のアパートを抱えていれば、出口は誰もが考える。建て替え、売却、解体、用途変更。どれを選ぶにしても、いつかは決断する日が来る。私の場合は、それまで「バランス釜と一緒に過ごす」と決めた。
そう決めると、毎年の二十四万円が見え方を変えた。リフォームに踏み切らない代わりに、壊れた分だけ淡々と直す。建物の終わりまで、そのリズムを続ける。これが、私の選択だった。
24万円は、固定資産税だと思うことにした
毎年一台か二台、必ず壊れる。利益の中から二十万円ほどが消える。これは正直、痛い。
けれど、払わなければいけない。お風呂が使えなければ、入居者の生活が止まる。次の入居者を入れるためにも、釜は動いていないと話にならない。
痛いけれど、避けられない。それなら、固定資産税のような「決まって払う税金」と同じだと思うことにした。そう思うことにしてから、毎年の連絡を「事故」ではなく「歳時記」として受け取れるようになった。
築古アパートを抱える大家にとって、修繕は経費ではなく、保有のコストだ。「固定資産税」と呼ぶことにしたら、不思議と腹は立たなくなった。
モンスターカード No.10「古き釜の宿命」

※ この記事は筆者の実体験をもとにしたものです。特定を避けるため、一部の情報を変更しています。給湯器の交換やリフォーム、入居者への補償金額の判断は、専門業者・弁護士・税理士などの専門家にご相談ください。家賃減額の計算方法は物件の状況によって異なります。




















