「すみません、この後予定があって」。10年かけて覚えた電話の切り方
電話に出ると、長くなる。
一度かかってくれば、30分。長いときは1時間。これが、もう10年続いている。
私は築古5物件を自主管理している。管理会社を通していないから、何かあれば、まず私に電話が来る。設備のこと、近所のこと、ちょっとした相談。内容は様々だ。でも、共通しているのは、どれも長くなるということだ。

自主管理だから、ずっと電話を受けてきた
私はこの物件を、家族から引き継いだ。引き継いだその日から、電話は私のところに来るようになった。
自主管理というのは、そういうことだ。窓口が、私しかいない。入居者からすれば、何かあれば大家に言うしかない。だから、まず私に連絡が来る。
時間は関係ない。昼でも夜でも、平日でも休日でも、鳴るときは鳴る。最初のころは、それが当たり前だと思っていた。大家とは、そういうものだと。
電話に出ること自体は、いい。困っている人がいれば、話を聞きたい。問題があれば、解決したい。それは大家の仕事だ。問題は、その電話が、なかなか終わらないことだった。
話の終わり方が、わからない
正直に言う。私は、電話の終わり方が、ずっとわからなかった。
電話を取る。相手が用件を話す。私は聞く。なるほど、と思って、「わかりました、じゃあこれをやりますね」と答える。これで話は終わるはずだ。
でも、終わらない。
「だから、お願いだよ」と、相手はまた話し始める。私は「はい、わかりました」と答える。すると、「だから、あれなんだよね」と、話は続く。さっきと同じ話が、少し形を変えて、もう一度始まる。
「こうして欲しいんだよね」と相手が言う。私は「わかりました、じゃあこれをやりますね」と、また答える。これで終わるかと思う。でも、終わらない。また、最初に戻る。
用件は、もう済んでいる。やることも、決まっている。それでも、話は続く。同じことが、何度も繰り返される。私はそのたびに「わかりました」「やっておきますね」と答える。けれど、相手はまだ話したい。
こうして、30分が過ぎる。1時間が過ぎる。電話を切るきっかけが、どこにもない。相手は話したいのだ。用件のためではなく、話すために、電話をかけてきている。そういう人も、いる。
特に、決まった人がいる。「この人の電話は長い」と、出る前からわかる人だ。番号を見た瞬間に、ああ今日は長くなるな、と覚悟する。それでも、出る。出ないわけにはいかない。何か困っているかもしれないからだ。
私は、その電話を切れなかった。途中で「じゃあこれで」と言うのは、相手を突き放すようで、できなかった。だから、ずっと聞いていた。これも仕事のうちだと、自分に言い聞かせて。やっぱり、断るのは苦手なのだ。
やっと、覚えた切り方
10年かかって、私はようやく一つの言葉を覚えた。
「すみません、この後予定があって」
これを言えるようになったのは、本当に最近だ。それまでは、言えなかった。嘘をつくようで、気が引けたからだ。
でも、ある時から、実際に予定を入れるようにした。電話のあとに、別の用事を。そうすれば、「この後予定があって」は嘘ではなくなる。予定があるから、言える。後ろめたさがない。
小さなことかもしれない。でも、私にとっては大きな進歩だった。10年かけて、やっと電話を切れるようになった。逆に言えば、それまでの10年近く、私はずっと、終わらない電話に付き合ってきたことになる。
管理会社に、お願いしようと思った
正直に言えば、私はこの電話対応が、得意ではない。
だから、一度は管理会社に頼もうと思った。この対応を、プロに任せられたら、どれだけ楽だろうと。電話のたびに身構えなくて済む。それだけで、気持ちはずいぶん軽くなる。
実際に、管理会社をあたってみた。でも、断られた。建物の事情で、引き受けられないと言われた。まだ一社しか探していないから、これからかもしれない。でも、その時は、自分でやるしかないと思った。
管理を頼めるなら、頼んだ方が楽だ。これは、間違いない。電話対応が苦手な人や、片手間でやっている人なら、なおさらだ。自分の限界を知って、人に頼るのも、一つの経営判断だと思う。
それでも、コミュニケーションには価値がある
ただ、10年やってきて、思うこともある。
入居者と話しておくと、いざという時に違う。関係ができていると、向こうから「これ、やっておいたぞ」と言ってくれることがある。共用部のちょっとしたことを、先回りして直してくれていたりする。
そういう時、本当にありがたいと思う。電話で長く話してきた時間が、こういう形で返ってくる。あの長電話は、無駄ではなかったのかもしれない。そう思える瞬間だ。
うちの物件は古い。入居者の中には、携帯を持っていない人もいる。LINEやメールでやり取りする、という方法は、うちには合わない。電話でしか、つながれない人がいる。だから、電話は必須だ。
長電話は、正直しんどい。終わり方も、10年かけてやっと覚えた。それでも、この電話が、人と人とのつながりを作っているのも事実だ。効率だけでは測れないものが、ここにはある。だから私は、今日も電話に出る。
この記事は、築古5物件を自主管理する私自身の経験をもとに書いています。




















